わじゅ記

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005年9月8日(木)
1年もわじゅ記を書かないのはいけません。
前回が10月。今はまだ9月。よしとしましょう。
父が亡くなるずいぶん前から、父が亡くなったあとのことを思うととても憂鬱だった。
それは、父の介護から、逃げていた自分を必ず責めてしまうだろうことがわかっていたからだけど、
かといって、じゃあ、今、この時に積極的に父の介護を という気にもなれずにいた。
すべて実家の兄嫁任せにしてしまった。
悪いなぁ〜と思いながら。
我ながら情けないやつです。
いよいよ父が危なくなってきた時、
ミスママが「何をおいてもお父さんのそばに気の済むまでついてあげたら」って。
もうその時点では何をしてあげられるってこともなく、ただそばにいるだけだった。
けれどそれが、私にある種の自己満足をもたらしてくれて、
その納得感が、そのあとの私を支えてくれたような気がする。
母が亡くなった時の経験から、あとからになって、あれやこれやと悔やむことが出てきて、
かなり長い間苦しむことになるだろうことは、予想していたんだけど、
意外にも、ダメージは少なかった。
こんなこと書くと父があちらで憤慨しているかもしれないが。

「がんばらない」(鎌田實)を読んだ。
読み始めると、母のときのつらい記憶がよみがえった。
母のときは逃げずに精一杯の自分がいた。
読み進むと、鎌田さんご本人のお父様の最後の様子が書かれていた。
急に、やってきたいっぱいの後悔。
ああ、父にもこうしてあげたかった。
どうしてもっと早い時期(意思の疎通ができた時点)に、父との関わりをたくさん持たなかったんだろう。
何がしてほしかったんだろう。
いや、
ただ顔を見せに行けばよかっただけかもしれない。
私は完全に逃げていた。
父に会いに行っても、眠っている姿に、内心ほっとしたものだった。
起こせばよかったんだ。
「来たよ!」って。

この本を読んで、今やっと、父が亡くなった悲しみをきちんと感じ始めているのかもしれない。

2004年10月19日(火)
沿志奏逢なるCDが発売になった。
11曲ある中で9曲がカバー曲。
中島みゆきさん 浜田省吾さん 井上陽水さん 大貫妙子さん
若い頃(笑)私もよく聴きました。
そんなカバー曲の中で、桜井和寿自身の曲が2曲
「HERO」と「優しい歌」
なぜにこの2曲なのか・・・・・・

「自分が子供を育てているなかで『こんな世の中になるのがわかっててなんで生んだんだ?』と
言われない未来になってほしい」と考えていた桜井和寿。
そこにシンクロしてくるようにアーティストパワーの話。
子供達の将来を考えつつ そこに見えてくる環境問題。
「限りない欲望」や「マイホームタウン」はわかりやすい選曲だ。

「人間にとって本当に大切なものなどそれほど多くはないという事実」
沿志奏逢に寄せられた川口美保さんの言葉。
「このアルバムは今の環境や世界は悪いから変えようと呼びかけるものではない。
このアルバムは、今あなたが生きているこの日常の中で、愛する何かや誰かがいることを認識することによって
沸いてくる優しい気持ちに気づいてほしいという、ただシンプルなそのことを
音楽の力に託しただけのものにすぎない」
これでそのほかの選曲が見えてくる

子供を育てているからこそ ここにたどり着いてきて、これからも繋がっていく
「HERO」が彼の彼自身の息子に対する歌ならば、
「優しい歌」は彼の離れて暮らす娘への歌ではないのか?
歌詞からは直接そうと思える言葉はない
でもふと考えてしまう。
彼が「優しい歌」という文字を使ったというそのこと。
いつの日か成長した彼の娘がこの歌の意味を考える時
自分への暗黙のメッセージを感じ取らずにいられるだろうか?
おこがましくも私なら・・・・・と考える
自分の父親がその文字を使うとき・・・・・
なんの引っかかりもなしに聞き流せはしない。

と、深読みなのかこじつけなのか とにかくそう思うと
あっさりこの2曲がエントリーした意味が納得できる。

そうだ 彼には次男君もうまれたんだったな。
次のBankbandのアルバムには
次男君への歌がエントリーされるだろう
まちがいない!(爆)
と、そうとう勝手な想像は続く・・・・・・

2004年8月7日(土)
う〜〜〜むむ 2004年になってから、3回目のわじゅ記だ。
われながら、いい性格をしております。

それはそうと、今日はサッカーアジアカップの決勝戦でした。
普段、サッカーにはてんで興味のない私ですが、先日からの日本チームに対するブーイング
(日本チームに対してじゃないよね、日本という国家に対する?日本人に対する?)
あれにはなんともやるせない気持ちで、思わずちょっくら試合なんかも見ておりました。
ニュースでも頻繁に取り上げられ、それを見るたびなんだか暗澹たる気持ちに・・・
あれはつらいよ。選手もそしてサポーターもよく耐えてる。
テレビの前で思わず拍手。
とはいえ・・・・あの怒り狂う中国の人たちの姿。
あの表情は嘘じゃない。
あの人たちは本当に日本が日本人が嫌いなんだろうな・・・・・(涙)
日本へのアピールのために日本のメディアが反応するのをうまく使って集まった人達。
純粋のサッカーファンではないのがよくわかる。
やめてほしいとおもう。
なんか落ち込むよね。
でも、あんなに強い反日感情を持った人達がまだまだいっぱいいるってことも事実。
私たち日本人が知らなくていいことだとは思えない。

抗日教育。
これがすごいんだと言うこともメディアが取り上げたから知った。
かの将軍様の国でされているのはよくテレビで見てたけど。
中国でもそうだったんだな。
アジアでの日本の存在位置を思うとちょっと悲しい。
知らずにいたのも悲しい。

大学の時、第二外国語を中国語にした。
初めての講義の時、なぜ中国語を選択したのかを聞かれて、「中国が好きなんです」って答えた私。
「とてもうれしい。ありがとう」と喜んでくれた中国人の先生の顔をふと思い出した。
何も知らない次世代の日本人学生が単純に中国を好きだと言う。
素直に喜んでくれていた先生だけど、今思うと複雑な思いがあったのかも?
と思ったりした。

テレビで男性が怒ってたね「日本が中国にくれたのは爆弾だった」
潜んでいた恨みが噴出したって感じで。

私が幸いに思ったのは、
日本は原爆をアメリカに落とされたけれど、だからといって
アメリカ人を憎め という教育はされなかったことだ。
それにはアメリカの策もあったのだろうけど、やっぱり憎むことを教えられるのはやだ。

憎むべきは戦争であって、敵国の人間ではないはず
私はアメリカ人も中国人も好き。


2004年4月14日(水)
毎日毎日、何度も何度も「シフクノオト」を聴いています。
もう依存症状態。
シフクホリックとでもいうんでしょうかね。
今回のはどれもメロディーがせつないです。
歌詞もいつもにも増して深いです。
気づかずに素通りしてしまう言葉に
ああ、そうだったと忘れかけてた感覚を思い出したりして。

それにしても今回の会報では、「エロじじい」健在でございました。
何でも深く考えるってのはいいことだ。よな?

2004年2月4日(水)

節分がすんで、本格的に2004年です。
私の中では今日から平成16年ということにさせていただきましょう。

私の愛するMr.Childrenもとうとうニューアルバムができあがったようで、
ライブの日程も正式に決定し、なんだか身辺あわただしくなってきました。
とはいえ、チケット争奪戦を考えると、ちょっとブルー
前回行くことのできなかったたっくさんの人たち全員が行けるってわけじゃないし。
でもあの手この手を使ってでも、チケットを手に入れたいと切に願っております訳で。
まあ、不安はありますが、とりあえずは彼らの新しい作品を聴くことができるという
その贅沢を楽しみたいとおもっております。

早く発売日になっておくれ〜〜〜

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